台湾の第四原発に思うこと 

事務局の村上です。

9月19日に台湾からノ―ニュークス・アジアフォーラム(NNAF)の様子
をお知らせして以来、すっかりご無沙汰いたしました。帰国以来、
冊子「10年の歩み」や高木基金の新しいパンフレットの作成、そして
「10年のつどい」の準備と追われていました。

ようやくひと息…というところですが、これからはアジアの助成選考の
準備に入ります。今年は21件の応募が寄せられました。結果は年末
までに発表する予定です。今年もあっという間に終わってしまいそう
な予感です。

今日は、台湾でのNNAFの続きを少し書きます。

              ◇◇◇

台風の勢いが弱まり始めた2日目午後、台湾環境保護連盟などの案内で、
島の北部にまもなく「完成」するといわれている第四原発を訪れました。

台湾で「核四」とよばれる第四原発は、80年代に建設が計画されて以来、
現地の住民を中心に反対運動が高まり、2000年には脱原発を掲げる
民進党が政権に就き、建設中止が発表されたこともありましたが、
翌年には再開され、現在に至っています。

原子炉は東芝と日立製作所、タービンは三菱重工業が受注し、
日本から輸出されています。日本でも長年、台湾の団体などとの連携の
もとに、建設および原発輸出の中止を求める活動が行われてきました。

今回の訪問後、地元の住民団体の呉文通さんを迎えて夕食会が
開かれましたが、呉さんからは「多くの仲間が(間もなく稼働するという)
現実に直面することをためらっており、出てこられなかった」という
話がありました。建設計画から30年目のその言葉の意味の重さを
考えなければならないと思いました。

第四原発では、建設期間中の設計変更などにより、安全性が疑問視
されており、呉さんからはある技術者から「運転が開始される15日前には
逃げるように」と言われているという話もありました。地元の人々の
不安や脅威はこれから先も原発が止まらない限り、何十年も続きます。

日本は国と産業界が一体となって、アジアの国などに原発輸出を推し
進めようと躍起になっています。その目的は何なのか。誰のためになるのか。
それによってどのような未来が待ち受けているのか。長い時間のスパンで、
納税者でもある私たちは深く考えなければならないと思いました。

日本でもいま、山口県で28年前に計画された上関(かみのせき)原発建設
のために、うつくしい海が埋め立てられようとしています。ここでも、
地元の人々はずっと闘い続けています。

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