姫野雅義さんのことば 

徳島県の吉野川の保全活動で活躍しておられた姫野雅義さんが亡くなられました。

10月3日に、徳島県の海部川に鮎釣り出かけ、その後の行方がわからなくなっていま
したが、本日午前、遺体で発見されたとのことです。本当に残念です。

高木基金としては、第一回の助成で、姫野さんらによる調査研究に100万円の助成を
しました。調査研究のテーマは、

 『 森林の治水機能の向上による「緑のダム」効果
   ―吉野川流域における治水ダム(可動堰)への代替案としての森林整備― 』

でした。この研究のレポートは、以下のアドレスからご覧になれます。

http://www.takagifund.org/grantee/report/rep2004/01-050.pdf

姫野さんらによる「緑のダム」研究は、高木基金が助成したと言うより、市民科学の
優れたモデルとして、高木基金の理事会や事務局としても学ぶべきところが大いにあり
ました。

2003年には、高木基金として「京都公開講座」を開催し、姫野さんにおいでいただいて、
調査研究の成果などを報告していただきました。

そのときの資料は、こちらにアップしました。
http://www.takagifund.org/grantee/2003-11-09_tf-kyoto.pdf
この資料の方が、調査研究の概要がわかりやすいかと思います。

この公開講座の資料の中にも含まれているのですが、高木基金の助成が決まったとき
の印象などを、姫野さんがご自身の「第十堰日誌」に書いて下さっていますので、
下記に紹介させていただきます。

菅波自身は、高木基金の事務局を引き受ける前から、吉野川の問題などで姫野さんと
おつきあいをさせていただき、たくさんのことを教えていただきました。

本当に残念で仕方がありませんが、心からご冥福をお祈りいたします。

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 第十堰日誌 「高木基金と徳島市補助金」       2002.3.22 姫野 政義

 3月22日夕方、本業の司法書士事務所の仕事をしていたら、東京の「高木仁三郎市民
科学基金」から「吉野川の緑のダムの研究を助成します」というメールが入ってきた。

 うれしかった。うれしかったが思わず背筋が伸びた。そんなうれしさだった。
 それは、この基金が実は多くの市民たちが高い志のもとにお金を出し合って作った
特別の基金なのだ、ということをつい一ヶ月前に知ったからだった。

 この基金の選考方法は少し変わっていて、一般市民も交えた公開プレゼンテーション
が三次選考となる。2月、そのプレゼンで発表するため勇んで上京したぼくは、審査員
の方から高木仁三郎さんの遺言で作られたこの基金の現状を聞いて驚いた。

 「未来への希望と高い倫理性をもって行動する市民科学者を育てたい。」と高木さん
が遺産3,000万円を提供し、これに共感した多くの市民が寄付をだしあって出来た基金
の総額は現在7,000万円だという。
 「わずか7,000万円程度では数年でなくなってしまいそうですが、この基金が生かされ
さえすれば、きっとまたお金は集まるでしょう」と審査員の方はさりげなく言っていた。
 二次選考通過者のプレゼンに対しては、審査員の質問だけでなく研究へのアドバイス
などが会場から活発におこなわれた。

 そうか。これは運動なのだ。ぼくたちが第十堰基金を作り、住民が自らお金を出して、
川の将来像を自分たちで決めようと動き始めたように、原子力に一科学者としての生涯
をかけることによって、人間と遊離した現代科学や巨大技術の根本的な変革を迫った
高木仁三郎さんの熱い遺志に共鳴した市民たちの気持ちが集まりかたちになっていく運動。

 その人たちの純粋な志ともどかしい思いが切ないほどに感じられ、ぼくは助成金をもら
いたい一心でやって来たことが少し恥ずかしくなった。つい「もっと必要とするところが
あれば、減らされてもかまいませんから」などとプレゼンでええかっこしてしまいそうに
なってあせった。

 高木基金の通知のあった3月22日、画期的な出来事が続いた。
 この日徳島市議会は、市民による「緑のダム」研究に、徳島市が半額を限度とする補助
金支出をすることを決議したのである。

 ジャーナリスト平野真佐志氏は次のように述べている。

「森林の保水力がどれだけあるか、コンクリートのダムにどれだけ代替できるか、は日本
政府が本来、率先して研究すべき課題です。「緑のダム」つまり、森林保全、育成は、
無駄な公共事業を削減し、自然破壊を防ぎ、国土保全、雇用確保に役立つ先鋭的な、現在
の日本に最も必要な緊急的研究課題です。(中略)NGOによる(見事な)政策提言、
それへの行政の参画、というこれからの日本が求めるモデルが初めて、吉野川第十堰の
反対運動を通して徳島市民が実現しました。日本のNGOがここまで力を持ってきた、
という意味で記念碑的な出来事だと思います。こういう所から日本は変わっていくのです。」

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