8月15日 

毎年、8月15日になると、事務所の近くの焼き肉屋で、プルコギ丼を食べたくなります。
普段から、よく行く店なのですが、お店の人はおそらく韓国(もしかしたら北朝鮮)の人です。

靖国神社への参拝などが問題になる「終戦の日」は、朝鮮半島の人にとっては、日本の植民地支配から解放されたことを祝う「光復節」です。

菅波は、大学3年の夏に、バイクに乗って、8月6日の広島と8月9日の長崎を訪ねたことがあります。大学1年の時には、沖縄の戦跡めぐりをしたこともあります。
社会人になった最初の年は、8月15日の韓国、しかも、太田(テジョン)の近くにある独立記念館に行ってきました。

独立記念館は、日本による植民地支配が、いかに非人道的であったかをアピールするような展示もあるところで、日本人にとってはとても気の重い場所ですが、この様な立場を知り、理解することが大切かと思って、頑張ってみてきました。

ちょうど、8月15日の朝には、独立記念館で祝賀式典があり、菅波も朝早くに現場についていたのですが、式典が終わるまで、敷地の外で待たされたことを覚えています。

菅波としては、近所の焼き肉屋の人たちが、どの様な気持ちで8月15日を迎えているのかが気になり、ここ数年、毎年プルコギ丼を食べにいくのですが・・・いつも休みなのです。
最初の年は、盆休みで、お客が少ないからかと思いましたが、やっぱりそうではなく、「光復節」で、休日にしているようです。


終戦の日をめぐる姿勢としては、「現代の繁栄は、かつての戦争における尊い犠牲の上にある」というだけでは不十分だと思います。「原爆が終戦を早め、犠牲者の拡大を抑えた」という言説ほどではないにしろ、やはり一方的なものだと思います。
いわゆる、「無宗教の追悼施設」という話もあり、それもある程度評価できますが、宗教のあるなしではなく、敵味方なく、戦没者を慰霊し、平和への誓いを胸に刻む場所をつくるべきではないかと思います。
例えば、沖縄の「平和の礎」には、沖縄戦の戦没者の名前が石碑に刻まれていますが、その中には、日本側だけではなく、米軍の戦死者なども、同じ戦争の犠牲者として、名前が刻まれているそうです。

ポイントは、「無宗教」ではなく、やはり「敵味方なく」戦争の犠牲者を悼み、反省し、平和への誓いを新たにすることだと思います。

その意味でも、広島の平和公園の戦没者慰霊碑の碑文が、小生は一番大切な姿勢ではないかと思っています。

「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから。」

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://takagifund.blog2.fc2.com/tb.php/182-ddcc96f7