「しょうがない」ではすまされない。 


久間防衛大臣が、6月30日の麗澤大学での講演の中で、
「原爆が落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わった
んだ、という頭の整理で、今、しょうがないなというふうに思っている。」
と発言した。
地元長崎の被爆者団体などからも猛反発を買ったことは言うまでもなく、与党内からも
不用意かつ不見識な発言を諫める声が相次いだ。
翌7月1日には、フジテレビの報道番組で、「原爆投下そのものは許せない」との認識を
示しつつも、問題となった講演での発言を「訂正する必要はないと思う。誤解されて
いるところがあるとすれば説明が必要で、それは私の説明責任」と強調した。

しかし、その後、ようやく反省したのか、
「被爆者を軽く見ているかのような印象に取られたとすれば申し訳なかった。これから先は
講演で言ったような話はしない」とのべ、発言を事実上撤回した。

しかし、これが、この国の閣僚の認識かと思うと本当に情けない。
アメリカなどには、原爆によって、戦争の長期化が防がれた、というような考え方が
残っているようだが、これはあくまでも自己弁護に過ぎない。

久間発言は、成り行きで現状を追認するだけのもので、どのように平和を目指すのか、
という「政治的な意志」が完全に欠落している。

広島の平和記念公園の石碑に刻まれた言葉は、
「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」である。
そこに込められた、原爆の惨禍に対する痛恨の思いと、平和を目指す強い意志に、
何度思い起こしても身が引き締まる思いである。

非核三原則も、平和憲法も、それを実現するための強い意志を持ちつづけない限り、
宝の持ち腐れである。

現時点で、久間は、「誤解を与えた」ので、今後は「そのような話はしない」そうである。
言わなければいいと言うことでは断じないし、このようなレベルの政治家に閣僚を、しかも
防衛大臣という要職を任せておく訳にはいかない。

幸い国会の会期も残されているのだから、この問題を徹底的に追及するべきではないだろうか。



 

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